«前の日記(2005-09-10 [土]) 最新 次の日記(2005-09-16 [金])» 編集
RSS: href="http://endoh-namazu.tierra.ne.jp/diary/index.rdf"


半期 四半期 全カテゴリ

新・なまず日記


2005-09-12 [月]

_ [その他]ケータイアレルギー

最近はあまり聞かれなくなった言葉ですが、昔は、「キーボードアレルギー」などという言葉をよく耳にしました。おもに中高年の皆さんが、パソコンを使わなくちゃいけないのに、キーボードに触れるのがどうしてもイヤ、キーボードを見るだけで気分が悪くなる、そんな気持ちを自嘲や揶揄をこめて表現する言葉です。キーボードアレルギーの皆さんの中には、自嘲を通り越して開き直るような人もおられて、そのような人の中には、例えば、「ワープロで書いた文章は心がこもっていない」などと意味不明なことを主張する方もおられました。

なまずは、小さい頃から、とても字がヘタでした。お習字教室に通ったこともありますが、ちっともうまくならない。字のヘタさにとても劣等感を持っていました。だから、ワープロが発明された時には感動しました。これからはコンピュータが字を書いてくれる。これで字のヘタさともお別れできると。お習字の代わりにキータイプにのめりこんだのは言うまでもありません。

そんな経緯がありますから、なまずは、 キーボードアレルギーの方の気持ちは全くわかりませんでしたし、密かに軽蔑さえしていました(今流行りの言葉でいうなら、"改革に対する反対勢力"の様な気がしていたのでしょうか)。特に、キーボードでは気持ちが伝わらないうんぬんの主張にいたっては、「入力手段で文章の質を判断するなんて、なんてバカな考えだろう。つまりもともとアホウだからキーボードが使えないに違いない」などと心のそこから馬鹿にしていました。

ところが、最近、あれほどバカにしたキーボードアレルギーの人の気持ちが、手にとるようにわかるようになっていることに気がつきました。キーボードが苦手になった?とんでもない。キーボードではありません。なまずは、ケータイアレルギーなのです。

もちろん、携帯電話で普通に通話するのは何の問題もありません。問題なのは、あの、親指一本でアイウエ...カキク...と文字を入力する、あのやり方です。あれが耐えられない。着信を受けたあと、電話番号に名前をつけた方が便利なのは当然なのですが、そ の名前の入力がたまらなく憂鬱です。まず、入力する文字のアカサタナを考えて、そのキーを目で探して、それからカ、キ、ク... あ、いきすぎた、 ケ、コ、カ、キク... あ、また間違えた!ムキー!もう我慢できない! なんだこれ?なんかのイジメか?セクハラか?パワハラか? 謝罪と賠償を 請求 要求するぞ!

いかなるユーザインタフェースも、結局は慣れだということは理解しています。ケータイの親指入力も、練習すれば克服できる問題にすぎないでしょう。しかし、どうしても、練習しようという気にならない。キーボードに対しては、練習して指が慣れていくことに無上の喜びを感じるのに。いや、だからこそ、キーボードでの「指の慣れ」が、ケータイを使うことで「汚れる」ような気がするのでしょうか。とにかく、ケータイの親指入力には、 憎悪にも似た感情 を感じてしまう。できれば一生無縁でいたいと願っています。

しかし、電車の中などで、恐ろしい速さでケータイでメールを打っている人を見ると、 嫉妬のような感情 がわき起こってくるのを止めることが出来ません。若い子ならまだしも、なまずよりも年輩の方が巧みにケータイ入力をしているのを見ると、 激しい劣等感 を感じます。自分は時代から取り残された、そんなあせりが背筋を走ります。そして、そのあせりから逃れるように、こう思うのです。あんな入力の仕方で書く文章なんて、 どうせクダラないものに決まっている、 と。そうです。この精神構造は、なまずがさんざん軽蔑したキーボードアレルギーの方とおんなじではないですか。

文章記録手段は、所詮、「手段」に過ぎません。要は、頭の中の思考、感情が表現できさえすれば良いのです。将来、ケータイの親指入力で書かれた小説で、ノーベル文学賞を獲ったって、何の不思議もありません。ケータイのボタン入力方法は冗長だとは思いますが、しかし、その分、片手だけで入力できるという、人類が生み出した文章記録手段の中で初めての、圧倒的な利便性を持っているのです。いつでもどこでも文章が書けるというこの利便性が、思考と文章との間の狭間を埋めて、まったく新しい文学を生み出す、これは十分ありえることです。冗談ではなく、なまずは、21世紀の文学のスタイルは、ひょっとしたらケータイからのメール、あるいはケータイからのブログの更新、といった形をとるのではないかと思っています。

なまずはキーボードがなかったら、自分の思考を文章にする自信が全くありません。ケータイで文章を入力しろ、と言われたら、まるで小学校の作文レベルまで退化してしまうのでしょう。しかし、キーボードにこだわっていては、ひょっとしたら、ケータイ入力による新しいスタイル - 恐らくは、圧倒的に高速、ダイナミック、ライブ、リアルタイム - に、負けてしまうのではないか、そんな恐れが、ケータイ入力に対する、軽蔑、そして嫉妬に、繋がっているのでしょう。そして、この気持ちは、多分、キーボードアレルギーのオジサマ達が感じたことと、同じではないか、そんな感じがしております。

最近キーボードアレルギーって、あまり聞きませんが、あのときのオジサマ達は、今、どうしているのでしょう?キーボードを克服した?それとも、一足先にケータイ入力をマスターした?なまずもひょっとしたら、そのうちにケータイ入力をマスターして、「ああ、昔、そんなことで悩んだなあ」という気持ちになるのかもしれません。

でも、とりあえず今は、なんとかケータイ入力から逃げ出す工夫をしております。具体的には、キーボード付きのPDA(PEG-UX50)を持ち歩いて、ケータイでの文字入力が必要になったら、このPDAのキーボードで文字を打ち、ケータイにメール送信して、ケータイの方でこのメールの文字をコピー&ペーストする、ということをやっております。「バカじゃないの?」「メール代もったいないじゃない」「そこまでするならケータイ入力を覚えた方が早いって」...あーあー、わかっておりますとも。しかしこれはですね、文章の生産手段の主体の移動に伴う鋭く対立した階級闘争の問題でありましてねェ...(以下略)。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]
_ やまやす (2005-09-12 [月] 17:50)

「謝罪と賠償」は「請求」するものではなく、「要求」する<br>ものじゃ無いかなぁと思うわけですな。<br><br>あっ、この日記はケータイからですか?;D

_ なまず (2005-09-12 [月] 18:22)

えっ、ホントに?<br>「損害賠償請求訴訟」とか「謝罪広告請求訴訟」とか、訴訟ごとでは良く使うと思って書いたのですが。<br>例:「らい予防法人権侵害謝罪・国家賠償請求訴訟」 <br><br>もっとも日記のこの部分は冗談の部分なので、なまず個人的には請求でも要求でもどっちでも良いと思います。気に障るのなら修正します。<br><br>ひょっとして、この案件に関して、なまずは、誤記に対する謝罪を請求、もとい、要求されてます?(笑)

_ やまやす (2005-09-13 [火] 12:04)

請求:<br>相手方に対して一定の行為を要求すること。<br>要求:<br>必要だとして、また当然の権利として強く求めること。<br><br>なので、法の名称的には「強く求める」必要はないので請求。<br>「謝罪と賠償」両方求めてるなら、「強く求めてる」ので要求。<br><br>ちなみにツッコミは「誤記に対するツッコミ」でしかありません。:D

_ なまず (2005-09-14 [水] 01:47)

うーん、難しくてなまずにはよくわかりません。<br><br>上記の定義は「大辞林」ですよね。「請求」の定義の中に、「要求」が入っていますね。こういうのはどう解釈したら良いのですか?字句どおりに解釈すると、「請求」は「要求」のサブセットで、両者とも、「強く求めること」になりませんか?<br>つまり、「請求」定義の中の「要求」マクロを開いてしまえば、<br><br>請求:相手方に対して一定の行為を、必要だとして、また当然の権利として強く求めること<br><br>ですよね。<br>これだと、「請求」だって、「強く求める」のことになるでしょう?あれ?違います?辞書で、こんなプログラムのような解釈をしてはダメなのかな...<br><br>「岩波国語辞典」だと、「請求」は、「(正当な権利として)求めること」です。<br>なまずは(もちろん冗談で)「謝罪と賠償」を「正当な権利として求めてる」わけですから、「請求」で正しいですよね...だめ?ああ、やっぱり違うのかな...<br><br>そう言われてみれば、「慰謝料」は、請求、要求、どちらも使いますね。みんな、どう使い分けているんだろう。強い/弱い...正当/正当じゃない...うう、よくわからない。<br><br>なまずの頭では、どうしても、「謝罪と賠償を請求」はブーで、「要求」はマルなのか理解できません。さっきから2時間も考えたけど、降参です。多分、これからも、請求と要求を間違え続けるのでしょう。もう、あきらめました。<br><br>とりあえず、この日記は訂正しておきます。やまやすさん、ご指摘ありがとうございました。<br><br>今後も、誤記やおかしな言い回し等ございましたら、お暇なときで結構ですので、ご指摘よろしくお願いします。

_ なまず (2005-09-14 [水] 09:12)

一晩寝て、ちょっとわかったことがあります。<br>「要求」も「請求」も、「なにかを相手に求めること」には変わりがありませんが、「要求」は、より一般的な「求めること」に近いのに対し、「請求」は、「要求」に、限定事項が入っているのですね。それは、「正当/当然の権利として」「一定の行為を(金や物など、行為が比較的定まっている)」「"要求"よりは弱く求める」ということのようです。<br>※正確には、「"要求"よりは弱く求める」とは書いておらず、「要求」の方に、「強く求める」と書いてあって、「請求」の方には、「求める」とだけ書いてある、ということです。<br><br>ただし、この限定事項の付け方は、辞書によって異なります。<br>【各辞書における"請求"の限定の付け方】<br>岩波:「正当/当然の権利として」<br>大辞林:「一定の行為を」<br>大辞泉:「一定の行為を」「"要求"よりは弱く求める」<br><br>※大辞林は、「要求マクロ」が展開されたものとして解釈しています。<br><br><br>上記で分かるとおり、「一定の行為を」で限定をかけるという解釈は、二つの辞書で採用しているので、より、確からしいと思います。ですからこの解釈のみ採用して、ここから導き出される結論は、<br><br>「金や物など、相手に求める行為がある程度定まっている場合は、"請求"を使え。そうでなければ、"要求"を使え」<br><br>ということだと思います。<br><br><br>なまず自身としては、「謝罪と賠償を請求する」と言ったときに、冗談で「訴訟を起こすぞ」という意味もこめたつもりなので、訴訟ごとは相手に求める行為が定まっているのは当然なので、その意味では、「請求」でも間違いではないと思います。<br><br>しかし、なまずの意思はともかくとして、一般に受け取られる印象としては、「謝罪と賠償」では、どういった形の謝罪と賠償なのか定まっていないので、「要求」の方が妥当だろう、ということだと思います。その解釈なら、よく理解できました。例えばこれが、「謝罪文と賠償金を請求する」だったら、「請求」でも良かったのだと思います。<br><br>上記の解釈で正しいのかどうかわかりませんが、非常に勉強になりました。<br>大変おもしろく、刺激的な時間を過ごさせて頂きました。やまやすさん、感謝します。<br><br>しかし言葉は難しいですね。詐欺業者のために国語の先生なんかやるんじゃなかったですよ...

_ やまやす (2005-09-15 [木] 01:02)

なんか難しく考えてますねぇ...<br>身近な物で考えると、微妙な違いもよく解るかと思う。<br><br>例えば、<br><br>「携帯電話料金の要求書が来た」と「携帯電話の請求書来た」<br>「賃上げ交渉の請求書を作る」と「賃上げ交渉の要求書作る」<br><br>こうやって「書」にしてみると、意味合いはっきりしません?<br>「携帯電話料金要求書」なんて来たらビックリするし、<br>「今組合は賃上げ交渉の請求書作ってます」なんて聞くと、<br>「まじめにやる気あるのか?」とか疑いたくないですか?<br><br>軽く考えましょ... ;D

[]